「TOMSプロジェクト」
~Time is On My Side,2015⇔2020~ 第3話

2017年11月8日

「TOMSプロジェクト」第3話タイトル画像

<前回までのあらすじ>「キミが上田クン、かな?」 第2話

後藤に酔いつぶされ、家に帰って眠りについた上田。目が覚めると、そこは見知らぬ海岸だった。事件に巻き込まれたと思い、助けを呼ぶため近くのオフィスビルに駆け込む。そこでは“ニュートン”と呼ばれる若い男が上田を待っていた。

※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体などとは一切関係ありません。

■scene9 シンクロニシティー

――The Policeの『シンクロニシティー』が大音量で流れ出した。上田が毎日AM8:00にセットしているアラーム音だ。

 

今日は日曜で世間は休みだが、設立1年目でかつかつのベンチャーの経営者に休みなんてなかった。黒野のことや後藤にキャバクラに連れ出されたことで、昨日はなにひとつ仕事に手がつかなかった。今日中にやらなければならいことは山積みだ。上田はアラームを止め、目をこすりながらカーテンを一気に開けた。初夏の朝日の暴力的な鋭さに、思わず顔をしかめた。

 

しかし、鉛のような疲れがコメカミあたりにはりついたいつもの重だるい寝起きではなく、やりがいのある仕事をやり遂げたあとの充足感に似た目覚め。気持ちは快調だった。『スターウォーズのテーマ』を鼻歌しながら今日のToDoを頭のなかで確認しながらシャワーを浴びるためTシャツを脱ぎ捨てる。すると胸ポケットから白い小さな物体がこぼれ、フローリングの床に落下し、パチッと音をさせて不規則に跳ね上がり、転がった。

 

鼻歌をカットアウトし、上田はそれを拾い上げ首をひねった。小さな、白い貝殻だった。はっとしてチノパンを脱いだ。逆さにして強く振った。チノパンのポケットから、裾の折り返しの中から白い砂が落ち、フローリングの上にほこりのように薄く積もった。パンツ一枚になった上田は、今度はさっきまで潜り込んでいたベッドの掛け布団をめくった。薄いブルーのシーツの上は、白い砂だらけだった。

 

「ウォーッ!」

 

それを確かめた上田は2、3歩み後ずさりしながら短い雄叫びを上げてバスルームに駆け込み、ものすごい勢いでシャワーを浴びた。

 

ものの1~2分でバスタオルを腰に巻きながら出てくると、冷蔵庫から飲みかけのウーロン茶の2リットルサイズのペットボトルを勢いよく取り出し、コップに乱暴に注いだ。それを一息に飲みほして呼吸を整える。スマホを握りしめ、これから電話をする相手に言うべき言葉を小声で何度も繰り返して練習し、意を決して着信履歴の一番上にある番号にリダイヤルした。スマホを握る手が少し震えていることに、上田は気づかなかった。

 

呼び出し音が長く続いたあと、ようやく電話がつながった。相手は、かすれて間延びした寝ぼけ声を出していた。

 

「あ、後藤さん、起こしちゃってすいません。大切な話があります。これから会えないですか。…そこをなんとか、頼みます」

 

二日酔いで億劫がっているのだろう。後藤は上田の申し出を渋っていた。

 

「いや、電話で話すようなことじゃないんです。…そうですか、わかりました。じゃあ、言います。言いますから、電話を切らないで待ってください」

 

上田は大きく息を吸い込み、目をつぶって消え入るような声で告げた。

 

「…後藤さんからいただいている仕事は、全部お断りしたいんです」

 

それだけ言うと上田は見えない後藤に向かって「すいません、すいません」と何度も何度も頭を下げ続けた。上田は後藤に呼びつけられ、道玄坂上のカフェへ行くことになった。

 

信じられないけど、夢ではない証拠。フローリングにこぼれ落ちた白い貝殻と海の白砂。もうひとつの確固とした現実。シャワーを浴びたときから、上田の頭の中では『シンクロニシティー』がエンドレスでリフレインしていた。

 

後藤に指定された道玄坂上のカフェに向かう途中、上田は昨日の夜、ベッドに入ってから今朝起きるまでの間、上田の身に起きたことをつぶさに思い出していた。ニュートンが微笑みを浮かべながら「さぁ、仕事を始めよう」と言ってからのことを。

 

■scene10 タイムマネジメント

 

ニュートンが指示したとおりに上田がPCを開くと、網膜認証でタイムカードが打刻され、同時にPCが起動した。モニターには、初めて見るなにかのソフトの初期画面が映し出された。自分の名前も表示されている。

 

「上田クンの名前は、ぼくがあらかじめ入力しておいたから。まずウチの会社での働き方をお伝えするね。それはそのまま、上田くんが参加する新しいプロジェクト、TOMSにおけるキミのミッションでもあるんだけど」

 

「働き方って、最初にこのソフトの操作方法を説明してくれる、ということですか」

 

上田はPCの画面を指さしながら質問した。

 

「いや、『AKASHI』はマニュアル不要で初めて触る人も直観的に操作できるんだ。ぼくが説明したいのは、言ってみれば就業規則みたいなもの」

 

「これ、『AKASHI』って言うんですね。就業規則みたいなものって、つまり就業時間や残業申請の方法とかですか」

 

「結論から言うと、うちの会社は始業も終業も時間は決まってなくて、残業申請もしなくてOK。好きな時に、好きなように、好きなだけ働いてもらっていいんだ。それでいて、しっかりタイムマネジメントをしている。それと、“さん”づけじゃなくていいからね。なんか調子が出ないから。みんなも呼び捨てにしているし」

 

「あ、はい、ニュートンさ…、じゃなくて、ニュートン。でも、始業や終業の時間が決まってないなんて、ありえないんじゃないですか」

 

「じゃあ質問です。それらをぎちぎちに管理したからといって、仕事のパフォーマンスは上がりますか?」

 

「でも、始業や終業がバラバラだと、残業代の計算も大変ですよね。前に働いていた会社に労基署の監査が入って、未払い残業代で大変なことになってるみたいなんですよ」

 

上田は反論を試みた。

 

「それは『AKASHI』で集計しているので、コンプライアンスは万全なんだ。そのうえで、自由に働いた方が、きっと効率がいちばんいい。それがウチの会社のポリシーで、社会に広めたい価値。上田クンもこんなことを感じたことがあるんじゃないかな。ノッているときは時間に関係なく働きたい。でも、逆にスランプのときは、やることをやったら会社のことなんか忘れたいっ!」

 

「確かにノってないときは効率が悪いし、ミスも多いですよね」

 

「それに仕事は、毎日毎日8時間勤務っていう発想が、古い。そんな風に働き方が規定されたのは、いつの時代からか知っている?」

 

「いつからって、昔からなんじゃないですか」

 

「諸説あるんだけど、産業革命の時代からという説が有力なんだ。8時間ずつ24時間3交代で勤務してもらったほうが、工場を効率的に稼働させることができるからね。そうして、産業革命前までは、自由に働き、自由に休息していた人間の暮らし方が規格化されていった、というわけ」

 

「ウチの会社の働き方」からどんどん話は脱線していったが、上田はその内容に引きこまれ、もっともな質問をした。

 

「それとここの会社の働き方って、どんな関係があるんですか」

 

「1日24時間を人為的に3分割して働くのって、実は人間にとって不自然で、不自然だから効率が悪いんじゃないか。時間を人間の手に取り戻すことによって、いちばん効率的な働き方ができるんじゃないか。だから、そうした働き方を、みんなでして行こう。そう考えているんだ」

 

産業革命と自分がいまいる、ガラス張りの近代的なビルのオフィスが、上田の頭の中で交差した。

 

「それで、そうした働き方を実現するため、具体的には、なにをやってるんですか」

 

「やっていることはすごくシンプル、誰でも、すぐにできること。さっき上田くんがやったように、仕事をスタートする時に打刻し、終わったらまた打刻する」

 

「それって、フツーにどんな会社でもやっていることですよね」

 

そう言いながら、上田はバツの悪さを感じていた。上田の会社ではタイムカードはなく、“仕事が終わるまで働く”、“成果が出ない人間は早出して遅くまで働く”、“成果を出している人間は、もっと成果を出せるよう、早く出勤して長く働く”。こんなブラックな働き方をしていたからだ。

 

上田の胸のうちを察したかのように、ニュートンは少し冷ややかな声でゆっくり答えた。

 

「それはどうだろうね。昔はタイムカードがあっても労基署などにバレないように偽装するっていうことが、あったみたいだよね…」

 

そう言うとニュートンは微笑み、早口の説明を再開した。

 

「ウチの会社のタイムマネジメントがちょっと違うのは、むしろ働きすぎ、休まないことをチェックするために打刻してもらっているっていうことなんだ」

 

■scene11 パフォーマンス

働く時間の管理ではなく、休まないことをチェックするタイムマネジメントって、どういうことだろう。

 

「タイムカードに打刻するだけで、どうしてそんな働き方が可能になるんですか」

 

上田は突っ込んだ質問をした。

 

「そうだね、ここから先は具体的に説明しよう。ぼくは今日、上田クンを待つためいつもより早い9時ちょっと過ぎに出社しました。そして、会社でシャワーを浴びてから仕事をスタートし、上田クンへの説明をお昼までに終わらせようとしている。ただし、それには前提があって、ぼくの説明を上田クンが理解してくれることが必要」

 

「すいません、呑み込みが悪くて。質問ばっかりして」

 

「いえいえ、とてもいい傾向です。もしかしたら、予定より早く説明は終えられるかもしれない。もしかしたら、ね」

 

「がんばります」

 

「ありがとう。で、その後は、今日はいい波が来そうなのでロードバイクで海に行って夕方まで同じチームのメンバーたちとサーフィンをする計画。その後はビーチ近くのオープンカフェでメンバーたちと仕事のMTGを行い、自宅に戻って残りの仕事を終わらせ、新しい人事プロジェクトの企画書づくりにとりかかろう。そう思っている」

 

仕事時間中に海に遊びに行くという発想が上田には信じられなかった。

 

「てんこ盛りのスケジュールですけど、要はサーフィンをするために半休をとり、その分、積み残した仕事は家に持ち帰ってやる、ということですか」

 

ニヤッと笑いながらニュートンは答えた。

 

「いや、そうじゃない。オンとオフが切り替わるタイミングで『AKASHI』を使って打刻するので、半休をとるわけでもない。仕事のためにオフを潰すようなこともしない」

 

「つまり、それぞれの仕事を始める前に打刻し、終わったらまた打刻する、ということを繰り返すんですか」

 

「そう。家で仕事をするときも、集中が切れたら打刻してお風呂に入ったり、本を読んだりしてリフレッシュするしね」

 

「なるほど」

 

ニュートンはようやく上田が納得した様子を見せたので、うれしそうにうなずいた。

 

「でも、個人のペースを尊重しすぎると、組織のチームワークがとれなくなるんじゃ…」

 

上田は角度を変えて、経営者観点の質問をしてみた。

 

「チームワークがとれているかどうかは、結局、結果で評価されるべきだと思うんだよね。最速で、最高の質の成果を出せる組織こそ、チームワークがいい組織。表面的な仲が良くても成果を出せないと意味がないし、表面的な仲すら悪く、成果も出せない組織には、未来がない」

 

ニュートンは“働き方”の世界観に少し踏み込むと、話題を変えた。

 

「ともかく、上田くんも仕事の開始時と終了時に打刻することを忘れないでね。もっともPCを開くだけで打刻され、閉じたり、一定時間、離席するとまた打刻されるようカスタイマイズしているけどね。それに、会社のPCをいちいち持ち出さなくても、スマホでもタブレットでも打刻できる。だから、仕事をする場所がどこであっても、通信ができて自分の『AKASHI』にログインできる環境さえあれば大丈夫。それから…」

 

ニュートンは一呼吸置いて、わざとらしく深刻な表情をつくった。

 

「それから、大切な注意点がひとつ。1週間の累積勤務時間が所定の基準をオーバーしたり、有休消化率がよくないとアラートが出て、強制的に休ませられることになるから気をつけて。そうなる前に『AKASHI』からサインが出るので、会社で仕事量を調整するけど。それも、仕事の効率を上げ、最大のパフォーマンスを出してもらうためなんだ。ぼくも、そろそろアラートを出されそうなんだけどね」

 

それからニュートンは、コピー機や備品の保管場所、図書室など、社内設備を案内するため上田とオフィスビルのなかを回遊し、出社している社員に上田を紹介して回った。上田は図書室の近くに社内ジムがあることに感嘆し、デスクの数と比べて、社員の人数が明らかに少ないことを不思議がった。

 

「社員数は、今日現在で96名。最近、シリコンバレーのベンチャーを買収するカタチでR&Dセンターを設置したので外国人も意外と多いんだよ。でも、自宅、出先、カフェ、あるいはどこかのコ・ワーキングスペースなど、好きなところで仕事をしていいので、出社してくるメンバーの人数は、いつも今日と同じくらい。メンツは日替わりだけど」

 

ニュートンは上田と一緒に社内を歩き回りながら、得意げに解説を続けた。

 

■scene12 矛盾

 

「それに、このオフィス自体が一種のコ・ワーキングスペースになっていて、地域の人たちやタイムマネジメントを学びたい人たちにも開放している。だから、これでも意外と手狭なんだよ」

 

時間は12:00を回っていた。ニュートンが想定していた時刻を少し過ぎて、上田への初日の説明が終わったようだ。

 

「じゃあ上田くん、今日はもう帰ってもいいよ。初日は会社の仕組みの説明だけで、実際の業務は次の日から、というのがうちの会社のルール。ほかの会社といろんなところが違うから、気持ちが疲れちゃったでしょ。ぼくも初日はそうだった」

 

ニュートンはそう言うと上田の背中をポンと軽く叩いた。

 

「それはうれしいんですけど、タイムマネジメントについて知らないことが多すぎて。図書室の資料を読み込んでいてもいいですか」

 

「全然、問題ないよ。でも、初日から飛ばし過ぎないで。先は長いんだから。じゃあ、ぼくはこれから波に乗ってくるからね」

 

図書室に行けば、この理解不能な状況をひもといてくれる資料があるかもしれない。上田はそう思っていた。

 

図書室は小学校の教室くらいの広さがあり、四方の壁一面は床から天井までの高さがある書架で覆われていた。部屋の真ん中にコーヒーテーブルとセットになったひとりがけのゆったりしたローソファが数脚あり、そこで資料を読み込むことができた。

 

図鑑のように大きくて重い書物、難しそうなタイトルの分厚い専門書、哲学書、経済誌、若者向けのライトな雑誌、マンガ、小説の文庫本…。種類は雑多で、すべて「時間」に関係する資料だった。

 

そのなかに「メディア掲載記事」というタイトルのスクラップファイルがあった。雑誌や新聞の切り抜き記事をコピーしてとじてあった。手に取ってパラパラとめくってみる。そのなかに『始動するTOMSプロジェクト』というタイトルの雑誌記事の切り抜きが目に留まった。ニュートンが言っていたプロジェクトと同じ名前。なにか関係することが書かれていると思い、上田はその記事を読むことにした。

 

タイムマネジメントに関する国家プロジェクトについての長編の特集記事だった。ニュートンが言っていたプロジェクトと直接的な関係があるのかどうかはわからない。しかし、その中身は上田にとって衝撃的なものだった。

 

記事によると「TOMSプロジェクト」は生産性向上のための切り札として期待されている国家プロジェクトだった。官邸に「TOMSプロジェクト推進本部」が設置され、官民共同のコンソーシアムが近々発足し、全国都道府県の各ブロックに1ヵ所、実証実験を行うための特区を設置することが決まったという。

 

特区プロジェクトは、これまでもヤマのようにあり、それらの多くは鳴り物入りでスタートするが、設置期間が終了すると打ち上げ花火のように消えてなくなった。しかし、「TOMSプロジェクト」が決定的に異なっていたのは、特区のひとつに大手町が内定したことだった。

 

日本経済を担う中枢エリア。そこで実証実験が行われるということは、日本の大企業がこぞって「TOMSプロジェクト」が掲げるタイムマネジメントを導入する流れにある、ということを意味していた。雑誌記事は「日本経済の姿が、働く人たちの働き方が、まさに一変しようとしている」と論評していた。

 

こうした全体状況について書かれた記事に続いて、「TOMSプロジェクト」の概要がまとめられていた。それによると、「働く時間」を管理する従来のやり方とは180度違う考え方で、「休む時間」を管理する、というのがこのプロジェクトの大きなポイントだった。

 

過労死を招くような長時間残業、サービス残業、低いままの有休消化率。こうした、日本企業の生産性を下げている矛盾は、「働く時間」を管理する発想にその原因があったと記事は分析する。そうではなく、むしろ「働かない時間」をマネジメントすべきなのだと。

 

「TOMSプロジェクト」第3話 おわり

 

「人間って、どこからきてどこに行くんだろうね」第4話 に続く→

【連載小説】ブルーベンチャー
~Time is On My Side,2015⇔2020~

「会社、辞めるわ」 第1話

「キミが上田クン、かな?」 第2話

「人間って、どこからきてどこに行くんだろうね」 第4話

「未来について、話をしよう」 最終話

 


 

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