企業が行う健康診断は2種類あり、一般労働者を対象とする一般健康診断と、特定の有害業務に従事する労働者の健康確保のために必ず実施しなければならない特殊健康診断があります。特殊健康診断は労働時間に含まれますが、一般健康診断は受診に要する時間は労働時間に含まれないなど健康診断の種類によって現場の対応が異なるため注意が必要です。今回は企業が行う健康診断の種類や企業の義務、賃金支払いの必要性について解説します。
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労働安全衛生法第66条1項では、「事業者は従業員に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。」と規定されています。職場で定期的に行われる健康診断は、労働安全衛生法によって定められた企業にとっての義務なのです。
当初、労働安全衛生に関連した条文は、「労働基準法」の第5章に定められていました。しかし、1960年代の高度成長期における大規模工事の実施や労働環境の変化により、労働災害が急増したことから、安全で健康的な労働環境を確立するため、労働基準法から独立して制定されたのが労働安全衛生法です。労働安全衛生法による健康診断は、業務内容に応じた健康障害防止と、より快適な職場環境の形成を目指しているのです。
健康診断の義務
企業には健康診断を従業員に対して実施する義務がありますが、従業員もまた企業が行う健康診断の受診を拒否することはできません。入社する際にも健康診断の受診が必要であり、入社後も毎年実施されます。未実施の場合、企業が50万円以下の罰金刑に処されるため、確実に受診させることが重要です。
健康診断の対象者
健康診断の対象は、「常時使用する労働者」とされています。「常時使用する」の定義は、「1年以上使用する予定で、週の労働時間が正社員の4分の3以上である者」とされており、正社員はもちろんのこと、条件を満たすパートやアルバイトの方も該当します。また、条件は満たしていなくとも、週の労働時間が正社員の2分の1以上の従業員に対しても健康診断を実施することが望ましいとされているので留意しておきましょう。
健康診断の費用
健康診断は企業による実施が義務づけられているので、費用は企業が全額負担します。健康診断にかかった費用は、一般的に福利厚生費として損金計上しますが、特定の従業員を対象とした健康診断や、常識の範囲を超えた高額な人間ドックなどは給与として扱われ、所得税の課税対象になります。
健康診断の種類
一般健康診断
企業で働く労働者にとって最も一般的な健康診断です。一般健康診断には以下のような種類があります。
- 雇入時の健康診断
- 定期健康診断
- 特定業務従事者の健康診断
- 海外派遣労働者の健康診断
- 給食従業員の検便
常時使用する労働者を雇入れる際、既往歴及び業務歴の調査を目的に実施されます。おおむね入社前3ヶ月以内、または入社直後1ヶ月以内に実施するのが妥当とされており、入社前3ヶ月以内に従業員自身で受けた健康診断の結果があれば、雇入時の健康診断の実施に替えることができます。
常時使用する労働者を対象に、1年以内ごとに1回のペースで実施されます。検査項目には身長・体重・血圧測定、尿検査などがありますが、一部検査については年齢や健康状態によって検査項目が変動するので注意しましょう。
労働安全衛生規則第13条第1項第2号に該当する高熱業務や寒冷業務などを行う従業員が対象で、対象業務への配置替えの際と6ヶ月以内ごとに1回のペースで実施されます。
海外に6ヶ月以上派遣される従業員が対象で、海外に6月以上派遣する際と帰国後に国内の業務に復帰する際に実施されます。
企業の食堂などで給食業務を行う従業員が対象で、雇入れの際と配置替えの際に実施されます。
特殊健康診断
特殊健康診断は、労働衛生対策上特に有害とされている業務に従事する従業員を対象として実施されます。該当する業務の例としては、有機溶剤業務や四アルキル鉛等業務、放射線業務などが挙げられます。原則として、従業員を雇入れた際や配置替えを実施した際、6ヶ月以内ごとに1回のペースで健康診断を実施することが必要です。
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健康診断における賃金支払いの必要性
健康診断を受ける際は、混み具合や検査項目によっては数時間かかることもあります。健康診断を受けている時間には、賃金が発生するのでしょうか。
まず、一般健康診断の場合、企業に実施義務・費用負担義務はありますが、健康診断を受けている時間の賃金に関して支払い義務はありません。従って、健康診断受診中の賃金の支払いは、労使間の協議による取り決めによるとされています。ただし、従業員の円滑な健康診断の実施を考えれば、受診に要した時間の賃金を企業が支払うことが望ましいとされており、大部分の企業が健康診断中の賃金を支払っているようです。
一方、特殊健康診断については、業務の遂行に直接関わる健康診断であるため、特殊健康診断を受けている時間は労働時間としてみなされます。そのため、賃金の支払いが必要です。
二次健康診断等給付について
二次健康診断等給付とは、定期健康診断などで異常が認められた場合に、脳血管や心臓の状態を詳しく検査するための「二次健康診断」を受診できる制度です。また、脳や心臓疾患の発症を予防するための「特定保健指導」を1年度内に1回、無料で受けることもできます。二次健康診断等給付については労災保険からの給付になるので企業の負担はありません。
二次健康診断等給付の義務
定期健康診断と異なり、二次健康診断については企業が受診させる義務はありません。しかし、従業員に異常所見があることを知りながら通常どおり業務を行わせた結果、その従業員が倒れたり亡くなったりした場合は、企業は「安全配慮義務」違反に問われ、損害賠償請求されることもあります。就業規則などで「企業が必要と判断した場合は、再検査を命じることがある」などの規定を定め、給付の要件を満たす従業員に対しては、二次健康診断と特定健指導の受診を勧めましょう。
給付の要件
給付の要件には以下の3つがあります。
- 一次健康診断の結果、以下のすべての検査項目において異常の所見が認められること
- 血圧検査
- 血中脂質検査
- 血糖検査
- 腹囲の検査またはBMIの測定
上記の検査項目すべてに異常がない場合でも、産業医などが就業環境などから総合的に判断して二次健康診断や特定保健指導の必要性があるとみなした場合は、この意見が優先されます。
- 一次健康診断時に脳血管疾患・心臓疾患を発症していないこと
- 労災保険の特別加入者ではないこと
給付の内容
- 二次健康診断
二次健康診断は脳血管と心臓の状態を把握するための検査で、以下の検査を行います。
- 空腹時血中脂質検査
- 空腹時血糖値検査
- ヘモグロビンA1C検査
- 負荷心電図検査または胸部超音波検査のいずれか一方の検査
- 頚部超音波検査
- 微量アルブミン尿検査
- 特定保健指導
特定保健指導は、脳や心臓疾患の発症の予防を図るため医師または保健師により行われる保健指導で、主な指導内容は以下のようなものになります。
- 栄養指導
- 運動指導
- 生活指導
健康診断実施後の企業の取組事項
企業には、健康診断の実施だけではなく、以下の6つの項目に取り組む必要があります。
- 結果の通知
従業員に忘れずに健康診断結果の通知を通知しましょう。
- 結果の記録
健康診断結果は個人票などを作成して定められた期間は保存しておかなくてはなりません。個人情報の扱いには十分に配慮して、情報を適切に保管しましょう。
- 所轄労働基準監督署長への報告
常時50人以上の従業員を使用する企業は定期健康診断の結果を所轄労働基準監督署長への報告する義務があります。
- 医師からの意見聴取
従業員の健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴取しましょう。
- 実施後の措置
医師などの意見から判断して必要性が認められる場合は、従業員の作業の転換や労働時間の短縮などの適切な措置を講じましょう。
- 保健指導の実施
健康診断で異常が認められた従業員に対しては、医師や保健師による保健指導を行いましょう。
まとめ
一次健康診断における異常の所見率は上昇傾向にあり、健康診断を受けた労働者の半分以上になんらかの異常の所見が見つかっています。血中脂質や高血圧、高血糖などは、自分では気付きにくいため、早期発見・早期治療がその後の健康寿命を大きく左右するといっても良いでしょう。また、これらの生活習慣病やその原因を抱えたまま業務を続けた場合、ちょっとしたストレスや疲労が思わぬ重症化や労働災害を招く可能性があり、安全な労働環境と従業員の健康は切っても切り離せない関係であることがわかります。健康診断はこうした労働災害を防ぐため、企業にとっても重要な義務であるという認識を持ちましょう。