ドイツで広く普及している労働時間貯蓄制度とは、所定労働時間外の超過労働時間を貯蓄して、有給休暇などと代替できる制度です。この制度を活用すれば、繁忙期に長時間労働が続いてしまっても、閑散期に休暇としてまとめて取得できます。しかし、日本で労働時間貯蓄制度を取り入れる場合は、労働基準法に抵触する可能性があるため、フレックスタイムを拡張した形で取り入れましょう。今回は、ドイツにおける労働時間貯蓄制度の概要やメリット・デメリット、日本で導入するための方法について解説していきます。
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労働時間貯蓄制度の概要
労働時間貯蓄制度とは、時間外労働に対して割増賃金ではなく、休暇を付与する制度です。従業員は、労働時間を銀行貯蓄のように勤務先の口座に貯蓄しておき、後日休暇などに転換することができます。
ドイツにおける労働時間貯蓄制度の特徴は以下のとおりです。
- 貯蓄する時間は時間外労働時間
- 口座の3分の2の労働時間は、最長でも1年以内に清算
- 口座に貯蓄できる労働時間は上限があり、働き過ぎを防止
- 口座に貯蓄した労働時間は、長期的な休暇や特別手当、早期引退などに利用可能
- 口座からの労働時間の引き出しは、従業員と上司との間、または同僚の同意に基づいて実施
- 企業によっては貯蓄した労働時間について有効期間を設定
- 倒産時に口座内の労働時間を保障する企業は少なく、4社に1社のみの割合
ドイツが労働時間貯蓄制度の発祥の地
- ドイツの優れた労働生産性
- 割増賃金ではない長時間労働の抑止力
OECDの2017年の調査によると、ドイツ人の年間労働時間は1,356時間と、加盟国のなかでも最も短くなっています。これに対して、日本人の年間労働時間は1,710時間と、ドイツよりも354時間長く、約20%の差があることがわかります。それにもかかわらず、ドイツと日本の労働生産性の差は歴然で、2018年のドイツの一人当たりのGDPは53ドル(小数点以下切り捨て)と、OECD加盟国平均を大きく上回っているのに対し、日本は42ドルにとどまっています。日本とドイツは共に「モノづくり」に強い経済大国でありながら、両者の働き方には大きな違いがあることがわかるでしょう。
ドイツにおける労働時間貯蓄制度の誕生は、1994年に時間外労働に対する割増賃金の支払い義務が撤廃されたことに端を発するといわれています。ドイツのように、労働時間を短くするため努力をしている国が、なぜ割増賃金の撤廃をしたのか不思議に思う人もいるでしょう。ドイツでは、時間外労働に対して割増賃金などで金銭補償するのではなく、時間外労働の分を、後日休暇などに利用できる仕組み作りにシフトしています。こうして生まれたのが労働時間貯蓄制度です。このような取り組みは、ドイツの有給消化率の高さや、プライベートを大切にする国民性も相まって、労働時間の短縮に効果を発揮しているようです。これに対して日本では、2010年の労働基準法改正により、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が、25%から50%(2023年からは猶予期間が終了し、中小企業にも適用されます)になるなど、割増賃金が長時間労働の抑止力として期待されています。ヨーロッパ諸国全体において、金銭補償を主流とする国家はいまだ多いものの、北欧諸国を中心に休日に代替する考え方が普及しつつあります。現状のドイツと日本の労働環境や労働生産性の差を考えると、ドイツの脱・金銭補償の方針には、日本が見習うべき点があるかもしれません。
労働時間貯蓄制度のメリット
従業員のワークライフバランスが向上する
いくら効率的に業務を進めたとしても、まったく時間外労働が発生しない業種は無いといって良いでしょう。問題は、長時間労働が慢性化し、従業員のプライベートに属する時間が無くなることです。労働時間貯蓄制度であれば、時間外労働をする日があっても、その分をしっかりと休むことができるため、従業員のワークライフバランス向上に繋がります。また、長期の清算期間が設けられた口座であれば、年齢によって早期引退も可能です。このように、自分の希望する働き方や人生設計を実現するためにも役立てることができるのです。
企業は割増賃金の支払いを抑制できる
時間外労働の対価が賃金ではないため、時間外労働に対する割増賃金の支払いを抑制することが可能です。一方で、労働力が必要な時には、企業は従業員に労働を要請できるため、労働生産性に見合った賃金の支払いが実現するでしょう。
企業は労働需要の変化に対応できる
労働需要の短期的な変動に対応できるのも企業が得られるメリットです。時間外労働を完全に否定してしまうと、繁忙期などで労働力が必要な時期には、新たに従業員を雇い入れる必要があります。しかし、人員を増やせば、余剰労働力が発生し、コスト増大に繋がってしまいます。一方、労働時間貯蓄制度を活用すれば、繁忙期には、現在いる従業員に時間外労働を要請することで、人員の増減をしなくても労働需要の変動に対応することが可能です。
労働時間貯蓄制度のデメリット
従業員による労働時間の管理が必要
労働時間貯蓄制度によって、時間外労働を休暇に代替し、さまざまな目的に使う自由が生まれました。しかし、利用したい目的に応じて日々の労働時間の長さを従業員自身で調節しなければならず、自由である反面、従業員のストレスにもなり得るでしょう。長期休暇の取得を目指すあまり、かえって1日の時間外労働時間が増えてしまうケースにも注意が必要です。
企業の体制によっては自由度が低くなる可能性も
現状、ドイツ国民の労働時間貯蓄制度に対する評価はおおむね良好で、この制度によって労働時間の自由度が生まれたと認識されているようです。しかし、この自由は、業種による時間外労働時間の有無や、労働時間口座の清算期間の長さによって、制度利用者間に不均衡が発生することが考えられます。企業は基本的には、製品やサービスに応じた労働需要に沿って従業員を労働させていくため、必ずしも従業員が望むような働き方と休暇のバランスが実現するとは限らないからです。
日本で労働時間貯蓄制度は導入できるのか?
現在の日本では、労働基準法24条「賃金の全額払、毎月1回以上払の原則」や、37条「時間外・休日の割増賃金」に違反するため、労働時間貯蓄制度をすぐに導入することは不可能でしょう。また、ドイツにおいて、この制度が効果を発揮しているのは、労働時間の短縮化を追求し、有給取得の徹底などによって従業員のワークライフバランスを重要視してきた歴史を背景としているからです。労働時間貯蓄制度を日本で導入したからといって、ドイツと同じように効果を発揮するとは、考えにくいかもしれません。
日本における労働時間を柔軟にする制度
日本において、ドイツの労働時間貯蓄制度と同様な制度を導入することはできなくても、「労働時間を従業員の裁量でコントロールし、柔軟な働き方を実現する制度」はいくつかあります。たとえば、「変形時間労働制」は、繁忙期と閑散期などに応じて労働時間を増減し、トータルの労働時間を法定労働時間内に収めようとするものです。労働時間貯蓄制度のように、時間外労働を貯蓄し、休暇として転換していくという機能はありませんが、変形時間労働制をうまく活用すれば、従業員の働き過ぎを抑制することは可能でしょう。また、労働時間に自由度を持たせ、働き方を従業員の裁量にまかせていくという制度には、フレックスタイム制や、裁量労働制があります。これらの制度を活用するためには、企業側の高度な労務管理が必要とされるものの、業種によってはメリットも大きく、従業員の働きやすさに繋がるでしょう。
フレックスタイム制を導入する場合
フレックスタイム制は、従業員が日々の始業・終業時刻を自身で決定して、働く事ができる制度です。必ず出社しなければならない時間帯であるコアタイムを設定している企業も多いですが、コアタイム無しのフレックスタイム制であれば、労働する日・労働しない日の選択も、従業員の自由になります。清算期間を平均したときに、1週間の労働時間が40時間(特例措置を受けた企業は44時間)以内に収まるようにしなければならない制約はあるものの、フレックスタイム制を適正に運用すれば、従業員の働きすぎを抑制し、柔軟性のある働き方が実現するでしょう。
まとめ
ドイツの短い労働時間での働き方を目の当たりにすると、私たち日本人の一般的な感覚では、「短い労働時間で、本当に仕事ができるの?」という疑問が浮かび上がってきます。その答えの一つとなるのが、今回ご紹介した労働時間貯蓄制度といえるでしょう。
近年日本でも、労働時間の短縮は大きな課題となっており、残業の禁止などに取り組む企業は増えています。しかし、残業を完全に無くすことに難しさを感じた際は、このような「働き方の柔軟性」に目を向けてみてはいかがでしょうか。