給与のデジタル払いとは、企業が銀行口座ではなく、キャッシュレス決済サービスを経由して電子マネーで給与支払いをすることです。政府が給与のデジタル払いの解禁に向けて動き出していることを受け、給与支払い業務などの効率向上や、振り込み手数料削減などが期待されています。今回は給与のデジタル払いの内容、導入が推進されている背景、課題、企業が導入するメリット・デメリットを解説します。
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給与のデジタル払いとは
労働基準法第24条では給与の支払い方法について、「通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定められています。そのため、給与は現金払いが基本とされており、労働基準法施行規則第7条の2に定められている、銀行口座と証券総合口座での支払いを除いて、その他の方法は認められていません。
政府はこの通貨払いの原則の例外に、資金移動業者への支払いを追加することについて2021年の制度化を目指しています。
給与のデジタル払いが推進される背景
現在、日本は海外諸国と比較して、キャッシュレス化には大きな後れを取っています。日本のキャッシュレス化が今一つ進まないのは、日本の「治安の良さ」や「現金に対する高い信頼性」など、必ずしも悪い理由ばかりではありません。
しかし、今後の社会の変容に対して柔軟に対応していくためには、制度の柔軟化も重要です。今後、少子高齢化に伴う人口減少によって、キャッシュレス化による実店舗の無人化・省力化が必要になることが考えられます。また、労働人口減少への対策として、外国人労働者が増えることも予想されます。外国人の多くが、訪日後すぐに銀行口座を開設することは難しいため、給与のデジタル払いは必要不可欠でしょう。さらに、電子マネーは、現金と違って人の手が直接触れないため、新型コロナウイルス感染予防にも効果的と考えられています。
このように、キャッシュレス化が必要とされる将来は、すぐそこまで来ており、いよいよ政府が、給与のデジタル払いにも本腰をいれたという訳です。
ペイロールカードの導入で何が変わるのか
現在審議されている給与のデジタル払いについて、具体的な方法として「ペイロールカード」の導入が検討されています。資金移動業者が発行する「ペイロールカード」に企業が給与を振り込み、そのペイロールカードをスマホのキャッシュレス決済サービスと連携させることで、従業員側は電子マネーで給与を受け取り、さまざまなキャッシュレス決済サービスを使用することができるようになります。ペイロールカードによって、従業員が銀行口座を開設していなくても給与の支払いが可能になり、資金を移動させることなく、そのまま電子マネーとして利用することが可能です。
給与のデジタル払いは本当に進むのか
資金移動業者は信頼できるのか
資金移動業とは、銀行などの預金取扱金融機関以外の者が為替取引を業として営むことをいいます。資金移動業は、これまで国や金融業が独占してきた決済業務を、民間企業に開放する目的で2009年6月に誕生し、2020年12月時点で80社が事業を展開しています。さらに、2020年6月の資金決済法改正によって、取扱上限金額の違いによって3つに分類されました。この改正により100万円を超える高額送金が可能になったため、給与のデジタル払い実現のための大きな布石となりました。
資金移動業は、ITの発達に合わせ、キャッシュレス決済や個人間送金、海外送金サービスを発展させてきました。このようなサービスは、手数料も安く便利な反面、セキュリティ不備による不正引き出しなどの問題も多々発生しています。2020年に不正引き出しが相次いだ「ドコモ口座」の事件も考慮すると、セキュリティ面には依然として課題があるといえるでしょう。また、資金移動事業者には、銀行などのようにペイオフ制度が適用されないため、倒産リスクも考慮しなければなりません。万が一、倒産した場合に備えて、保険会社のバックアップなどの対策案が審議されていますが、給与のデジタル払いが開始した際は、資金移動事業者の責任は非常に大きなものになることが考えられます。
すでに一部導入している企業も
給与のデジタル払いの制度化を前に、すでに一部の手当などで、デジタル払いを実現している企業もあります。たとえば、ソフトバンクグループでは、「ニューノーマル支援特別一時金」を従業員にキャッシュレス決済サービス「PayPay」で支給しました。これは、20万円のうち、10万円は現金で全従業員に支給し、残りの10万円はPayPayアカウントを提示した従業員にのみ支払うという取り組みです。また、LINE株式会社では、交通費を「LINE Pay」で支給しています。このように、給与の支払いと違い、交通費や手当の支払いは労働基準法で規制されていないため、現在もデジタル払いをすることが可能です。給与のデジタル払いの本格施行の前段階に、導入する企業は増えることが考えられます。
給与のデジタル払いのメリット
企業側のメリットは以下のようなものが挙げられます。
- 「日払い」や「週払い」がしやすくなる
- 労働力の確保が期待できる
銀行口座への振込は手数料が発生することから、多くの場合、企業の給与振込は月に一回でしょう。一方、デジタル払いの場合、手数料がかからないか、銀行振込よりは安価であるため、給与を複数回に分けて支払うことによるデメリットを軽減することが可能です。
銀行口座の開設が難しい外国人労働者に対しても、スムーズな支払いが可能です。そのため、給与のデジタル払いは、外国人材の獲得にも一役買ってくれるでしょう。また、電子マネーを積極的に使う人や、給与の複数回払いに魅力を感じる人など、給与のデジタル払いによって人材を集めやすくなります。
また、従業員が得られるメリットには以下のようなものがあります。
- ATMを利用せずに済む
- 現金やキャッシュカードを持ち歩く必要がなくなる
電子マネーをよく利用する人は、給与口座から電子マネー口座に資金を送金したことがあるでしょう。このような送金の手間を省き、給与をそのままキャッシュレス決済に使うことが可能になります。また、ATM手数料や、ATMに並ぶ手間も省けるため、給与を受け取り次第、現金を下ろさなくてもすぐに買い物や食事を楽しめるでしょう。
盗難や紛失などのリスクを最小限に抑えられます。また、決済データが残ることによって、自分が何に使用したか、不正使用がないかなど、いつでもどこでも確認可能です。
給与のデジタル払いのデメリット
企業にデメリットとなり得る要素として、以下のようなものが挙げられます。
- 周知やフローに手間がかかる
- デジタルと現金の二重運用が発生する
導入前後に従業員に周知をして理解を求める必要があることに加え、給与支払い方法を大幅に変更しなければなりません。従業員のなかにはキャッシュレス決済になかなか移行できない人もいるでしょう。そのため、いきなりメインの支払い方法として導入するのは難しいかもしれません。しばらくは、手当などの支払い方法としての導入に留まる可能性もあるでしょう。
また、月に複数回の給与支払いが生じる場合、労働時間の確認を何度も行わなくてはならないため、それに準じた勤怠管理や給与計算を新たに導入する必要があります。
日本ではキャッシュレス決済の普及が遅れていることから、全額デジタル給与を希望する従業員は、それほど多くないと予想されます。銀行口座とデジタル給与両方の支払い方法を採用するとなると、それぞれのデータを二重で管理・運用しなければならないため、かえって手間やコストが増える可能性があります。
また、従業員側に生じる可能性のあるデメリットは以下のようなものがあります。
- 使い勝手が悪いむ
- セキュリティや保証に対して不安が残る
現在、電子マネーでは、家賃や公共料金の引き落としなどについて、銀行口座ほど対応していません。このような状況下では、給与の全額をデジタル払いで受け取ったとしても、現金に換えたり、銀行口座に入金したりする必要があります。
不正引き出しなどのセキュリティ不備や倒産による保証に対して対策やガイドラインが十分ではないことから、安全面に関して不安が残っています。給与のデジタル払いの本格施行に向け、なんらかの対策が講じられることが予想されますが、多くの人が安心してまとまった資産を預け入れられるようになるのは、まだ先のことでしょう。
まとめ
すでに電子マネーを使いこなしている人にとっては、給与のデジタル払い本格始動のニュースは朗報かもしれません。しかし、大部分の人には、給与がすべて電子マネーで支払われる将来は、まだ想像しづらいでしょう。とはいっても、近年の電子マネーの急速な発展を考慮すると、10~20年後には給与のデジタル払いに、誰も疑問を持たない世界になっているかもしれません。
給与のデジタル払いを実現するためには、企業の負担も大きく、ルールが未整備な部分もありますが、便利な部分に目を向けて、少しずつ導入していくと良いでしょう。